吸汗速乾素材は夏の衣服の定番になりつつありますが、意外とメカニズムは知らないものです。綿やポリエステルなどの一般的な素材と何が違うのか、気になる人もいるのではないでしょうか。
そこで本記事では、吸汗速乾の意味と仕組み、メリット・デメリットを詳しく解説します。後半では、メーカー各社が開発した吸汗速乾素材の一覧とメカニズムの詳細も掲載しているので、ぜひご覧ください。
吸汗速乾(きゅうかんそっかん)あるいは吸水速乾(きゅうすいそっかん)は、汗をはじめとする水分を素早く吸って素早く乾かす機能です。
綿をはじめとする吸水性・吸湿性が高い繊維は、水を抱え込む力はありますが、一度濡れるとなかなか乾かず重くなります。逆に撥水性の高いポリエステルやナイロンは、乾くのは早いものの、吸水性がありません。
吸汗速乾機能の生地は、一般的な繊維では兼ね備え難い吸水性と速乾性を、繊維の混紡や構造の工夫によって両立したものです。
ここでは、吸汗速乾素材がどのような仕組みで機能しているのか、3つの観点から詳しく見ていきましょう。
毛細管現象は表面張力の作用によって、水が管の壁面に引き寄せられてせり上がる現象のことです。管が細いほど引き寄せる力が大きくなります。
毛細管現象を利用すれば、肌面の汗をすばやく吸収できるようになるということです。吸汗速乾素材では、水分を引き寄せる力を大きくするために、極細の繊維が採用されています。
吸汗速乾素材には、繊維そのものに無数の微細な穴(ポーラス構造)を持つ「多孔質繊維」が使われることがあります。多孔質繊維は表面積が大きいため、表面に水分が広がりやすく、拡散による速乾性が期待できます。
多孔質の水分の吸収と拡散は、珪藻土マットをイメージするとわかりやすくなるでしょう。珪藻土マットも多孔質なので、シャワー後の足裏の水分をすばやく奪ってくれます。
繊維が吸った汗が肌面に戻らないようにするために、撥水素材などを活用した生地構造の吸水速乾素材もあります。肌に触れる面と外側の面を別の層にすることで、水分を生地表面に拡散した状態を保ち、蒸散を早める仕組みです。
吸汗速乾の主なメリットを4つ解説します。
吸汗速乾なら、汗が肌表面にたまることで生じるべたつきを軽減できます。衣服が張り付きづらいので、動きやすさが重視されるハードワークやスポーツ向きです。また、サラサラとした着心地で清潔感があるため、飲食店向けユニフォームにも多く採用されています。
吸汗速乾は汗を素早く乾かせるため、水分が蒸発するときに熱を奪う気化熱の作用が生じ、涼しさを感じやすくなります。また、繊維間に水分が溜まらないため、通気性をキープできるのも魅力です。
吸汗速乾ウェアを着用すれば、肌表面の汗が冷えることで体温が必要以上に下がる状態を回避できます。日中から夜間まで作業する場合や、作業場と事務所の行き来が多い場合など、寒暖差が生じるときに適しています。
汗が肌表面で停滞すると、水分や油分をエサとする雑菌が繁殖しやすくなるほか、張り付きによる摩擦でも肌荒れしやすくなります。吸汗速乾であれば、これらのリスクを低減する効果が期待できます。
吸汗速乾素材にはデメリットもあります。代表的なものを3つ紹介します。
吸汗速乾素材の多くは、臭いが蓄積しやすいポリエステル繊維を採用しています。洗濯しても微量な臭い成分が蓄積するので、長期間使用していると臭いがとれなくなることもあります。定期的な交換や徹底的な臭いケア用の洗剤の使用を心掛けましょう。
吸汗速乾素材に使われる、ポリエステル繊維をはじめとした化学繊維は、静電気が発生しやすい素材です。セーターやジャケットとの摩擦で静電気が蓄積されやすいので、吸汗速乾素材のウェアは重ね着向きではありません。
吸汗速乾素材の多くで採用されているポリエステル繊維は、摩擦によって毛玉が生じやすい素材です。着用時だけでなく洗濯時の摩擦でも毛玉が生じます。ワンシーズンの着用でも人前で着るには見栄えが悪い状態になることもあるため、定期点検しましょう。
メーカー各社が開発・提供している吸汗速乾繊維・生地には次のようなものがあります。
帝人フロンティアは繊維原料から生地開発、製品生産まで手掛ける繊維専門商社です。
ナノフロントは世界初、直径700ナノメートル(※)の超極細ポリエステル繊維です。通常の繊維の約10倍の表面積があります。これらの特徴から生み出されるメリットは次のとおりです。
毛細管現象による吸水・保水性が高い
繊維の吸着作用で汗を吸いやすい
蒸散面積が広く汗の拡散に優れる
しなやかで肌摩擦ダメージが小さい
隙間が少なく防透性に優れる
近赤外線を乱反射させて遮熱する
微細な凹凸でグリップ力が高い
吸汗速乾だけではない多機能性が魅力で、衣料・インナー・帽子・雑貨など幅広い製品に使用されています。
(※)通常のポリエステル繊維は直径15マイクロメートル。1マイクロメートルは1,000ナノメートル。
オクタは中空糸(※)を進化させたポリエステル繊維です。8本の突起が放射状に配列されており、突起間が溝になっているため水・汗の通りに優れています。
また、溝がデッドエアーを含むことで肌と外気の間に空気層を作るため、遮熱効果もあります。さらに、最大直径が同じ繊維と比べて2分の1程度の軽量化を実現しました。
(※)中空糸:中心部に穴が開いた糸
カルキュロは帝人フロンティア独自の技術で開発した、吸汗速乾ポリエステル繊維です。不定型断面仮撚り(かりより)加工で、繊維断面に深い溝を施しています。
断面形状がランダムで隙間が多くできるため、導水経路を確保でき、高い表面吸水速度を持ちます。また、導水経路は水分の拡散にも役立つため、速乾性も良好です。軽量かつドライタッチで、夏のユニフォームに適しています。
エアーイプレッションは次のような特徴を持つポリエステル素材です。
従来品の3倍以上の通気性
乾燥にかかる時間が短い
吸水性(含む水量)が高い
微細な凹凸があり肌離れが良い
吸水性・水拡散性ともに高いため、汗をよく吸って短時間で乾かします。通気性にも優れ、涼しく過ごしやすい繊維です。また、多くの汗をかいても張り付きにくいので、ハードワークやスポーツ用のウェアに向いています。
デュアルファインは撥水層と吸水拡散層を持つ生地です。肌に触れる面が吸水拡散層で、すばやく汗を吸収し拡散します。
外から見える面は撥水層で水が染みないので、汗ジミが目立ちにくいというのが大きなメリットです。通気性は確保されているため、ムレによる不快感も軽減できます。
帝人フロンティアのソフトな風合いの素材「ソロテックス」の吸汗速乾バージョンです。次のような特徴があります。
ソフトな風合い
ストレッチ性
吸汗速乾性
美しいシルエットが続く(形状回復性)
20cm角の生地で実験したとき、綿100%の場合は水分率100%の状態にしてから70分経過しても乾ききらず、従来品は水分率が0%になるまで60分ほどを要したのに対し、ソロテックスドライは水分率100%の状態から55分ほどで、ほぼ0%まで乾きました。
東レは有機合成化学・ナノテクノロジー・バイオテクノロジー・高分子化学をコア技術として、繊維をはじめとした先端材料を開発・生産しているメーカーです。
フィールドセンサーは毛細管現象を活用した、3層構造の生地です。層ごとに密度を変えた特殊多層構造で毛細管現象を発生させ、吸水力を高めています。それぞれの層の役割は次のとおりです。
1層目:吸水
2層目:導水
3層目:拡散・蒸発
肌に触れる1層目で吸水し、導水層によって素早く拡散・蒸発層に水分を移動させることで、吸水速乾を実現しています。また、汗で濡れたときの接触冷感性(Wet Qmax)が低いため、汗冷えしにくいのも魅力です。
ソリテクトは吸水性と速乾性に優れた、濡れ色抑制機能付き素材です。撥水加工による汗ジミ防止ではなく、濡れ色が発生しにくい特殊原糸を使うことで、見た目と快適性を両立しました。
ペンタスαはミクロンレベルの微細な凹凸を施したポリエステル原綿です。ペンタスαを使用した生地、ペンタスUFには次のような特徴があります。
紫外線を乱反射させるUVカット性
光を乱反射させる防透性
毛細管現象による吸水拡散性
撥水加工などの耐久性が高まる
ソフトな肌ざわり
ユニフォームをはじめとして、スポーツウェアやタオル、マットなど幅広い製品に使われています。
クラレトレーディング株式会社などのクラレグループは、1926年創立の化合繊産業界の老舗です。繊維だけでなく樹脂や化学品、活性炭など、幅広い事業を手掛けています。
ソフィスタはポリエステルを芯に、クラレ独自のポリマーをプラスした構造の繊維です。綿や麻に似た水との親和性をもち、拡散性・速乾性も優れているため、水をすばやく吸収して乾燥させます。
10g/㎡の水を生地に吸わせた実験では、一般的なポリエステルが乾くまでに45分かかったのに対して、ソフィスタは30分でした。
また、熱伝導率が高く、温度の高いところから低いところへ熱を逃がすことができるため、接触冷感性があります。さらに、汚れに対する除去性が高いのも魅力です。
ウォーターマジックは撥水糸とポリエステル極細繊維を使った3層構造のニット素材です。中間層のポリエステル極細繊維が毛細管現象で吸水拡散することで、肌面の汗を残さずドライな肌ざわりを提供します。ハードワークやスポーツに適した素材です。
東洋紡せんいは「開発型商社」の東洋紡STCの繊維部門と東洋紡ユニプロダクツ株式会社を統合し、繊維事業を基軸として2022年に独立した会社です。「メーカー型繊維商社」として事業を展開しています。
メガテックドライは新発想の技術で開発された「汗処理」素材です。吸水フィラメントをベースに、肌と接する面に撥水フィラメントを凸状に配置しています。凹部分ではすばやく吸汗・拡散、凸部分で汗戻りを防ぎ、肌離れの良さを確保することに成功しました。
汗戻りしづらいため、汗冷えの軽減にも有用です。
クールギアは次の3つの放射熱で衣服内温度を1~1.5℃下げることに成功した、ニット素材です。
吸水発散放熱
通気放熱
換気放熱
なめらかな肌ざわりが特徴の超長綿(ちょうちょうめん)と特殊ポリエステルを使用した繊維「フィラシス」やY形断面ポリエステルの「ドライアクター」を使用し、編み組織を工夫することで、夏向けの快適性を実現しました。
三菱ケミカルは機能商品や素材を開発・製造する総合化学メーカーです。繊維だけでなくポリマーやプラスチック加工品など幅広い分野を手掛けています。
ベントクールはアセテート繊維を紡いだ通気コントロール素材です。発汗によって湿度が上昇すると通気性が大きくなり、乾いたときには通気性が小さくなる特殊な構造をもっています。
通常のアセテート繊維と比べて親水性成分が多く吸汗性に長けているほか、放湿性も良好です。汗をかいているときは涼しく、汗をかかないときは風の通りをブロックしやすいため、季節を問わず着用できます。
旭化成は合成化学・化学繊維事業をはじめ、建材・医療・医薬など幅広い領域を手掛ける総合化学メーカーです。
ベンベルグは、すべりの良さとドレープ感が魅力的な、湿気をコントロールする繊維です。水分の通り道が多く、汗や湿気をすばやく吸って外へ放出します。
また、水分を多く含むため熱伝導率が高く、夏は涼しさを感じられます。一方、冬は空気中の水分を熱に変えるため、暖かく過ごせます。季節を問わず着用できるハイブリッドな繊維素材です。
テクノファインは通常のポリエステルの2倍の吸水速度を誇る特殊構造繊維です。乾燥速度も通常のポリエステルよりも短いため、汗をかきやすい日や作業に適しています。
また、一般的な丸型や三角型の糸と比べて、やわらかく肌当たりの良いW型扁平異型糸であるため、顔周りなど肌がデリケートな部分に触れるものやベビー用品にも使われています。
ユニチカトレーディングは衣料・生活雑貨向けの素材メーカーです。化合繊維だけでなく、天然繊維の原糸・源綿も取り扱っています。
ハイグラ-LUはユニチカトレーディングの「ハイグラ」と「ルミエース」を交編した素材です。2つの素材を組み合わせることで、吸汗速乾性を高めています。
ハイグラは繊維の重さ(自重)の35倍もの吸水力をもつポリマーを芯に、肌離れの良いナイロンを鞘とした、芯鞘複合構造の吸放湿性ナイロンフィラメントです。
ルミエースは毛細現象で水分を素早く吸収する繊維です。細かな溝があり水分の拡散性にも優れているため、速乾も実現しています。
ライクラ社(ザ・ライクラ・カンパニー)は、アパレル業界・衛生業界向けの繊維製品や特殊化学品の開発・製造をおこなうメーカーです。本社はアメリカにあります。
クールマックスは毛細管現象によって汗を素早く吸い、迅速に乾燥させる吸汗速乾素材です。吸水力は綿の5倍とされています。
また、気化熱の作用によって衣服内部の温度上昇を妨げる効果もあるため、夏向きの衣服に多く採用されています。
吸汗速乾は汗をすばやく吸ってすぐに乾かせるため、べたつきや衣服の張り付き、汗冷えの軽減に有用な機能です。臭いが蓄積しやすい、毛玉ができやすいなどのデメリットもあるため、長年愛用するには不向きですが、快適性は大きく向上します。
メーカー各社が開発している吸汗速乾素材のなかには、一般的な吸汗速乾以上の涼しさや肌離れの良さを実現したものもあります。ぜひ素材にも注目して、吸汗速乾ウェアの導入を検討してみてください。