日本では毎年100人もの人が、着衣着火によって亡くなっています。事故原因は様々ですが、火気を扱ったり、火花が飛んだりする作業現場での事故が多いようです。着火の危険性がある作業においては、燃えにくい素材の作業着が有効とされています。
そこで今回は、燃えにくい素材の特徴や注意点、難燃・防炎・耐熱の違いについて解説します。実際の事故例から、燃えにくい作業着の重要性も確認しましょう。火気を扱う現場などで安全に作業をしたい人は、本記事をぜひ参考にしてください。
火花が生じる作業現場では、火元から距離が離れていても安全とは限りません。火花の飛距離は5〜10mに及ぶこともあります。自分では火から十分距離をとっていると思っていても、着衣着火のリスクがあるため注意が必要です。
また、火花は小さくても高温なので、可燃性のものに触れると燃えてしまいます。0.1mm程度の火花でも1,200〜1,700度に達するので、作業着に触れれば着火する可能性があります。少しでも火花が生じる場合は、油断せずに燃えにくい素材の作業着を着用しましょう。
ここでは、作業着に使われている燃えにくい素材について解説します。着衣着火のリスクを軽減したい人は、以下の素材をチェックしてみてください。
難燃性素材として、アクリル系素材のモダクリルがあります。2022年より国際基準に合わせて、アクリロニトリル質量35〜85%のアクリル系繊維を、モダクリルと表記するようになりました。難燃性を持つ塩化ビニルや塩化ビニリデンが含まれています。
作業着に使われる代表的な素材として、綿とモダクリルを合わせたブレバノがあります。綿の肌触りのよさとモダクリルの難燃性が両立した、作業着にふさわしい素材です。以下の商品はブレバノを用いた安全性の高いワークウェアです。
アラミドは繊維の分子の結びつきを強くすることで燃えにくくした素材です。ナイロンに似た化学構造で、熱や摩擦に強いという特徴を持っています。熱分解されにくく、可燃性ガスも発生しにくいので、燃え広がるリスクが低い素材です。
アラミドはメタ系アラミド繊維とパラ系アラミド繊維の2種類に分けられます。メタ系アラミド繊維は耐熱性が非常に高く、消防服や絶縁材などに使われている素材です。パラ系アラミド繊維は強度に優れており、タイヤの補強材や防弾チョッキなどに使われています。
難燃ポリエステルとは、ポリエステルにリン系化合物を含ませ燃えにくくした素材です。炎に触れると繊維が炭化し、それ以上の延焼を防ぎます。
数値が高いほど燃えにくいことを示す「LOI値」で比較すると、通常のポリエステルが20程度なのに対し、難燃ポリエステルは29程度です。
難燃ポリエステルは難燃性と耐久性を兼ね備えているので、様々な用途に使用できます。消防服や製鉄や溶接用の作業服のほか、ホテルや病院のカーテン・カーペットなどにも使われている素材です。
綿は火に強いイメージがありますが難燃ではありません。キャンプ用品などに使われることが多いため、火に強いと誤解されることが多いようです。ポリエステルなどに比べ溶けにくさはあるので、繊維が溶けて肌に付着するリスクは避けられます。
綿は化繊と比較して耐熱性はありますが、前述の通り燃えにくいわけではないため、着火リスクそのものが高い現場には向きません。また、タオルなど起毛のものは炎が瞬時に広がる表面フラッシュを起こす可能性があるので注意が必要です。
燃えにくさに関する性能として、難燃・防炎・耐熱がありますが以下のような違いがあります。混同しやすい言葉ですので、意味をチェックしておきましょう。
難燃:燃えにくい素材
防炎:消防法規定の試験で適合しているもの
耐熱:熱で変形・劣化しにくい
「難燃」とは原料の繊維そのものを、燃えにくくなるように紡糸したものです。「防炎」は紡糸した繊維製品に難燃剤を付着させるなどの加工を施したものを指します。また、消防法規定による試験をクリアしたものであることを表しています。
一方、「耐熱」は高温による変形や劣化を起こしにくい性質のことです。熱による溶けにくさを表していますが、不燃性を持っているわけではありません。難燃・防炎・耐熱それぞれの意味を理解し、求める作業着の性能を選びましょう。
難燃・耐熱性の高い作業着を探しているなら、以下のJIS規格に適合する商品の中から選びましょう。作業内容・環境の着火リスクに適う性能をもつ作業着を選ぶことが大切です。
溶接作業服:JIS T 8128
耐熱耐炎服:JIS T 8129
難燃作業服:JIS T 8130
溶接作業を行うなら「JIS T 8128」規格の作業服を選びましょう。溶接作業に伴う、火炎や電気アークから身体を防護する性能を有しています。「JIS T 8129」は熱及び火炎に対する性能を持ったJIS規格です。鋳造業など熱や火炎の危険が大きい現場で活躍します。
火炎に対する防護服の規格は「JIS T 8130」です。製造工程などで火炎を取り扱う作業において効果を発揮します。ただし、難燃性を持っていますが熱に強いわけではないため、熱に対する性能を求めるなら「JIS T 8129」が有効です。
続いて、実際に起きた着衣着火事故の例をいくつか紹介します。着衣着火は命を落とす危険のある恐ろしい事故です。以下の事例から事故を回避する方法を学びましょう。
焼却炉でごみを燃やしていた際に、火の粉が作業服に燃え移ったという事故です。事故にあった作業員の方は病院に搬送されましたが、やけどにより亡くなっています。
原因の一つとして、難燃性の作業服を着用していなかったことが挙げられています。事故当時に着用していたものはポリエステル65%、綿35%の作業服と、ゴム製の手袋、布製の作業帽で、どれも難燃素材ではありませんでした。
芸術大学の学生が作品制作中のために、鉄板を電動工具で切断した際に起きた事故です。切断中に生じた火花がインナーに着火しました。
事故当時、難燃性の作業服を着用していましたが、インナーは着火しやすいフリース素材でした。難燃性の作業着であっても、過去に開いた穴や袖口、襟部分から火花が侵入する可能性があります。
なお、この事故では消火用のバケツなどが用意されていなかったことも問題視されています。
最後に、難燃素材の作業着を着用する際の注意点をご紹介します。難燃性があるからといって、着衣着火事故が起こらないわけではありません。注意すべきポイントを把握し、事故を未然に防ぎましょう。
難燃素材の作業着は、着火しにくいだけであって燃えないわけではありません。火花や火の粉に触れる時間が長い場合、作業着の一部が燃えてしまう可能性もあります。難燃素材だからといって過信しないようにしましょう。
着火の可能性がある作業時は、近くに水が入ったバケツなどを用意しましょう。また一定規模の事業所の場合、消防法に基づいた消防設備点検や防火管理者の届け出などが必要です。日頃から事故に備えておきましょう。
燃えやすいインナーを着用しないことも重要です。先述の事例のように、作業着が難燃素材であっても、隙間に火花が飛んできてインナーに着火してしまうリスクがあります。起毛やフリース素材のものは燃えやすいので、冬場は特に注意が必要です。
火気を扱う作業時はアウターとインナー両方への配慮が必要です。以下は燃えにくい素材で作られた長袖Tシャツです。ぜひチェックしてみてください。
今回は燃えにくい素材の特徴と注意点、着衣着火事故について解説しました。火の粉や火花が飛ぶ作業現場では、万一の事故を防がなければなりません。着衣着火は死亡事故にもつながりかねないので、難燃素材の作業着などで対策を講じる必要があります。
また、難燃素材であっても、絶対に燃えないわけではないことも理解しておきましょう。素材の特徴を把握したうえで、安全に作業ができる環境を整えることが重要です。本記事を参考にしていただければ幸いです。